お盆について

2019. 8.12 

まず日本のお盆について考えるにあたって、これは仏教本来の行事ではなく、日本人の霊魂観が基礎にあって、それ自体の変容があることを理解する必要があります。

 日本古来の民間信仰(原初神道)では「(神は)災厄をもたらす半面、その威力によって作物などを生成し、豊穣をもたらす両義的な存在であり」、一方「死後すぐの霊魂は祟りやすいと考えられ(荒魂と呼ばれる)、葬送儀礼は、神の威力を持つ死体を生活世界から遠ざけつつ、霊魂を慰め(和魂へと鎮魂)、神々の世界へと送る儀礼であった。死体も霊魂も祀られることによって神々の世界へと帰って行くのである。」「人間の霊魂は、神々の世界からやって来て生まれ、通過儀礼などで神の威力を身に受けて成長し、死後、神々の世界へと帰っていくと考えられた。」(『日本人の霊魂観』上原雅文著)

 仏教が日本に伝えられると、霊魂観の変容は「神と霊魂との同一視、および死後の霊魂が神として祀られて子孫を恵むという思想が、菩薩思想によって豊かに補強されたのである。」(同上)

 原初神道で説かれる霊魂観が仏教の思想によって補完され、あたかも仏教の教えのように盆の行事が行われているのが実態であることです。しかし「盂蘭盆経」に基づいているのも事実で、以下にそれを記します。

 

■お盆の語源
 お盆は、本来「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言います。
 盂蘭盆会は、古代インド語(梵語)の「ウランバナ」を漢字で音写したもので、逆さづりという意味があります。
 盂蘭盆会は、これが転じて「逆さに吊るされるような苦しみを除く」という意味の行事です。

 

■盂蘭盆会の由来
 盂蘭盆会の由来は初唐の中国で流布したと言われる「盂蘭盆経」というお経の説話によっています。
 お釈迦様の第十弟子の一人で「神通力」の第一人者といわれる目連尊者(もくれんそんじゃ)が、初めて神通力を得た時のこと。
 目連尊者は、亡き父母に何かできないものか?と思い、その力を使って探したところ、餓鬼の中で何も飲み食いができず、苦しんでいる母親を見つけました。
 何とか母親を助けたいと思った目連尊者は、鉢に盛ったご飯を差し出します。でも、母親がご飯を食べようとすると、口に入れる前に炭になってしまい食べることができません。
 目連尊者は号泣し、お釈迦様のところへ戻って、母親の話をしました。
 すると、お釈迦様は「あなたのお母さんの罪は重かったようで、あなた一人の力ではどうにもできません。」と諭したあと、旧暦7月15日(現在の8月中旬頃)に安居(あんご)の修行を終えた、修行僧達にたくさんのごちそうをして、心から供養しなさい。
 そうすれば、父母も先祖も親族も三途の苦しみから逃れることができて、時に応じて解脱し、衣食には困らないでしょう。と、おっしゃいました。
 目連尊者が、お釈迦様に言われたとおりにすると、母親は餓鬼から逃れることができ、無事に往生することができました。
というものです。

 

■お盆行事の起源
 目連尊者は、母親を餓鬼から救うことができた事に感激しこの慣わしを、後々までに残したいとお釈迦様に申し出ます。
すると、お釈迦様は・・・
 旧暦7月15日にいろいろな飲食を盆に盛り、同じように仏や僧や大勢の人たちに供養すれば、その功徳によって、たくさんの先祖は苦しみから救われ、今生きている人も幸せを得ることができるでしょう。
それによってお盆の行事が行われるようになりました。次に具体的な飾り方について述べます。(以下ネット検索から引用させてもらっています)

 

■お盆のお供え。
 盆棚のことを精霊棚ともいいます。
お位牌、お盆の供え物と、供養したい方の好きだった物などを置きます。
正式には祭壇の四隅に青竹を立てて、結界を張るわけです。霊魂が籔のような薄暗い環境が好きでそれを再現するわけです。霊供膳は供養膳にお供えし、盆棚の両横に盆提灯をともします。
横に渡した竹にに茹でずにそうめんや昆布、ほおずきを吊るし、お位牌は最上段、一番奥に置きます。仏壇から全部とりだして中央に代表になるお位牌、両側に古いお位牌、と横一列に並べていきます。
手前に以下をつくって飾ります。
生花
果物
型菓子
白い団子
茄子の牛や胡瓜の馬

下に真菰(まこも)で作ったゴザを敷き、ほかには以下を並べます。
茄子や胡瓜をさいの目にして米を混ぜた水の子
みそはぎの花
お線香
リン

場合により仏壇に盆飾りをしたり、経机や小机などの真ん中にお位牌を安置して、茄子の牛や胡瓜の馬とお供え物を並べます。

盆飾りにつかわれる花を盆花(ぼんばな)といい、普通は秋の花を選びます。

以下がそうです。
山百合
ハギ
桔梗
オミナエシ
ナデシコ

最近では故人の好きだった花や、綺麗な生花を飾っても良いとされています。

 

■お盆にいただく料理

お供えのお膳は霊供膳(りょうぐぜん)といいます。通常、ご家庭で家族が食べる内容と一緒の食事をお供えします。

以下の日にちに以下のものを供えるところもあります。
8月13日はお迎え団子(あんこのついたお団子)
8月14日はおはぎ(赤飯を丸めたもの)
8月15日のお昼は清らかな器に茹でたそうめん
8月16日は送り団子(白い団子)

そうめんには、つゆと箸もつけます。うどんを供える地域もあります。

 

■お盆にそうめんをお供えする理由
生命の螺旋状の渦巻
七夕にそうめんとの関係
幸せが細く長く続く
ご先祖様が馬にのって帰るときの手綱
ご先祖様の荷物をくくる荷綱
など

 

和尚からの蛇足

 今年の梅雨明けは例年にくらべ随分と遅れました。例年であれば、7月のお盆の頃は雨季が終わる時期と重なります。雨季の間、僧たちは一カ所に留まり、安居します。スリランカではそれが終わると在俗の信者達は寺を訪れ、僧たちに法衣や身につける必要なものを寄付します。(カティナと呼ばれる)

 それはこれから僧たちは各地各所に散らばり、布教活動をすることになるからです。季節が違いますが、5月にヴェサック祭といわれる仏教徒にとって大事な行事があります。日本と違い、仏生誕会・仏成道会・仏涅槃会がその時に行われるのです。スリランカに滞在中その祭りの時に目にしたのはまるで日本のお盆のような提灯や灯火でした。後で聞いたところによるとそれは日本のお盆の行事を真似たのだとのことでした。

 信仰や習俗は色んな地域から色んな所に伝播していくものだと知りました。スリランカからタイやミャンマーに伝わった仏教が、スリランカで仏教が衰退した後、再びタイやミャンマーから教えが里帰りしシャム派(タイ)やアマラプラ派・ラーマンナ派(ミャンマー)として現在も呼ばれています。
 安居を終え、教えを伝えることを心がけるようにしたいものです。

(初掲載2016年7月19日)

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