リアルな世界の「何か」と昔語りの「何か」

2020. 6.19

①香山リカのココロの万華鏡(2020.6.16毎日新聞)より

リアルな世界の「何か」 香山リカ

 新型コロナウイルスの影響による自粛の日々から少しずつ日常生活が戻ってきているが、まだ大人数での宴会は行われていないだろう。いまとなっては、騒がしい居酒屋で仲間と大皿料理を取り分けて食べたことが何だかなつかしい。

 オンライン授業の雑談としてそんな話をしていたら、ある学生が「私は違う」と言い出した。「居酒屋っておとなの世界で足を踏み入れられなかったけど、テークアウトメニューができたおかげで気軽に買えるようになった。食器や音楽も工夫して〝おうちで居酒屋〟を楽しんでます」

 「なるほど」と納得しかけたが、「ちょっと待って」と言葉を返した。
 「食べものも飲みものも居酒屋そのものだとしても、やっぱりリアルな店にしかない雰囲気や空気があるんじゃないかな」

 学生たちは「そんなのわからない」と言う。「そのうち、バーチャルでまわりのにおいや音を感じられる装置もできますよ。そうなったら、先生が言う雰囲気も味わえますね」と言い出す学生まであらわれた。

 本当にそうなのだろうか。「旅行先の路地で感じるあの空気」「海の見えるレストランで味わう潮のにおい」などもそのうちオンラインで再現できるようになり、そうなったら「もはや本物と変わらない」ということになるのか。
 いや、いくらそうなっても、やっぱりリアルな世界でしか感じられない〝何か〟は残るはずだ。でも、それを学生たちにうまく言葉で説明することができない。どう伝えたらよいのだろう。私が頭を悩ませているうちに、そのまま授業時間が終わってしまった。

 実は私は若い頃からゲーム好きで、昔は「外でスポーツしなさい」と言う年上の人たちに「ゲームの中で動き回っているからだいじょうぶ」などと答えていた。その私がいま、「オンラインだけでは味わえない〝何か〟がある」などとこだわってしまうなんて、これは単に年を取ったということなのだろうか。

 いやいや、それだけではないはずだ。リアルな世界でしか感じられない雰囲気や空気。そこまで足を運ばなければ得られない感動。それはどんな時代になってもあるはずだ。

 やっぱりときどきは、「ちょっと面倒くさいなあ」などとグチをこぼしながらも歓送迎会なんかに出席して、みんなで「カンパーイ」と言ったり、おしゃべりをしたりしてみたい。みなさんはいかがですか。(精神科医)

香山リカ(オフィシャルサイトより引用)
精神科医・立教大学現代心理学部映像身体学科教授
1960年北海道生まれ。東京医科大卒。
豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。
現職
立教大学現代心理学部映像身体学科教授
神戸芸術工科大学大学院客員教授
甲子園大学心理学部客員教授

 

②NHKラジオ第1 2017年6月20日放送「明日へのことば」より

民話の種をまき続けて 高橋はじめ(民話の語り爺)
 新潟県在住 83歳 長く教師として働きながら、故郷秋田の民話を語る活動を重ねてきました。
NHKのラジオでも民話語りをなさったそうです。
3年前秋田県から妻の出身地の新潟県の阿賀野市に移住して、そこでも一人でも多くの人に民話の魅力を伝えたいと奮闘しているそうです。
高橋さんは「民話の語り爺」と云う風に名乗っているそうです。

 「昔っこあったぞん、子供たちが遊んでいたあ、鬼がぼーんと来たんだと、おっかねーなあ。
その鬼が何と大きなおならをしたんだと、おかしいなあ。
ところがあんまりい大きなおならをしたんで、腹破けてしまって死んでしまったんだと、かなしいなあ、これでおしまい、とっぴんぱらりーのぷー。」

「とっぴんぱらりーのぷー」は秋田の語りの最後の言葉に成っています。
重要な儀式のときに語ったのが「尊いのはらいたてまつる」としめたのが、どんどん変わってきて「とっぴんぱらりーのぷー」に成ったのではないかと思います。
訛りはもう若い人には無くなってしまった時代なので、せめて昔語りぐらいは故郷の何かが入っていたらと思いました。

 「民話の語り爺」の方が親しみがわくと思います。
おばあさんが夜なべをして筵を織りながら話をする場合リズムに乗ったりするんです。
リズムに乗っているそれがどっか身体の中にしみ込んでくる、これが昔の語りでしたなあ。

 TVもラジオもない昭和ひとけた生まれなので、昔話を聞くと云うのが創造力をはぐくんでくれたのじゃなかかなあと思いました。
親と子の語りは少ない、孫に語ったったところの家で語りが続いているんです。
子供のころは冬は男も女も関係なく屋根に上って雪を下ろす、これが一番の仕事でした。
小学校に行くのに、雪の道を行くので昼ごろになったこともありました。
婆さんと、兄弟4人で長男でしたので、食糧難の時は村にお手伝いをして米を貰ってきたりしていました。

 私は子供のころは無口な子供でした。
高校の日本史の時に、「山の狼よりもとんどのとらよりも」と言う場面が出てくるが、とんどのとらとは何だろうと思ったが、唐土の虎と中国のことだと判ったんです。

どうして猿を嫌うのだろうと思っていたが、菜園をやって取られたり荒らされて猿の恐ろしさがようやく判りました。
しかる時にはああするな、こうするなといわれると弁解と反発しかないが、昔語りはさらりと笑わせてみたり失敗させてみたりして、あの時は親はこういう気持ちで叱ったのかとか、心のどこかに収まるようになっている。
創造力を持たせるような言葉を入れながら、語っていて素晴らしいと今になって思います。

 音の面白さもあります。
基本は単純な事から、耳が心が育って行くんじゃないですか

 小学校教員を20代に放課後掃除が終わった後、必ずお話を肉声で毎日連続ものの様にして聞かせました。
自分が聞いて育ったので、聞かせたら喜ぶだろうなあと思って語ったんです。
登校拒否をしていた子も来るようになったりしました。
民話の笑い話は500位あるようです、人間の心を和らげる。
私は本格昔話を主としてやります。
こっちが一生懸命語ると、それ相応のお返しがある、まなざし、顔の表情、喜びはひしひしと伝わります、そういったことが原動力になります。
聞く方にも語る方もどっちにもいい作用するのが昔語りだと思います。

 20年前の子供たちは、おばあさんは横手市の出身だとか感想文が出てきたが、よくもお話を本を見ないで出来ますね、というような感想文になり、3年前には、ほんとうに先生の昔話を読んでいただいておもしろかったですという感想文があり、語っているのではなくて読んでいてと言っていました。
今の時代は変わってしまったんだと思います。
いろり、かまど、なべで煮炊きをすると云ってもわからない、話が通用しないことが出てくる。

 「闇」ということも理解できない、想像できない。(闇の怖さが判らない)
生活環境、家族構成なども変わってきてしまっている。
過疎化していって、語りなんて余裕が無くなってきて生きて行くのが精いっぱいと云うのが今の世の中だと思います。

〈後略〉

和尚からの蛇足

 一つは新聞の記事から、もう一つはNHKラジオのインタヴューから引用した。
両方合わせると長い文章になり、恐縮です。

 二つの文章に共通するのは言葉にしにくい「何か」についてである。

 初めの①では香山リカ女史と学生とのやりとりで、学生がこのコロナウイルス騒ぎの影響で自粛から〝おうちで居酒屋〟を楽しみ、それなりに満足していることに対する筆者の反応である。つまりリアルな居酒屋でしか味わえない空気や雰囲気というものがあると反論しているのである。それがどうも学生には理解を得られてないようなのだ。

 次の②では筆者が昔語りとして子どもたちに話をしてきて、「まなざし、顔の表情、喜びはひしひしと伝わります」と述べているのだ。そこに昔語りの魅力・「何か」があるのだ。昔語りは本当の話と言うより、何時〔いつ〕の時代から始まったか誰も知らない想像の世界がテーマであっても、話を聴いている子らには生々しく伝わっていると思う。それが素晴らしいことであるのだ。独特の言い回し、抑揚、リズムは語られている時にしか味わえない雰囲気や空気があるのである。

 これらの言葉にしにくい「何か」を大切にすることが少し大げさな言い方をすれば、人間性を育て、情緒を育〔はぐく〕み、人との接し方を深めることになると思う。それが今失われつつあるとしたらもったいないことである。大切に残していかなければならないであろう。

 だから小さいときから②のような経験がないと、①のようにリアルな世界の「何か」を感じることができなくなるのではと心配になる。
 仮に私が心配することではないとしても、これまで先人たちが残してきたものを大切にする心を忘れてはならないであろう。

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