二つのやりとり 東京(新聞記事)でのことと山での(体験)

2020. 2. 7

①毎日新聞にこんなある女性の投稿記事が載っていました。全文を記します。
 「先日、田舎者が娘の結婚式に出席するために東京に出かけました。新しい東京駅になってから初めてです。東京駅は「魔界の森」のようだと聞いています。不安でいっぱいです。事前学習をして、通路の案内図のコピーも持って臨みました。

 ホームに出ると、人、人、人。看板もよく見えません。案内図に従い行きました。駅員さんがいたので、道を尋ねて何とかタクシー乗り場に到着。そこも長蛇の列です。田舎者は「ああ、これが東京なのか」と納得しました。田舎ではお祭りでもない限りあり得ないことです。

 タクシーの運転手さんと楽しく会話をし、無事会場に到着。東京も悪くないとチョッピリ感じました。結婚式は会場の方々の心遣(こころづかい)い、皆さんの温かいお気持ちのおかげでとても素晴らしいものになりました。田舎者は思いました。東京も温かいと。
 でも、そんな物思いにふけっている余裕はありません。帰りも大変です。乗り遅れは絶対に避けなければなりません。買い物も手短に済ませ、ひたすらホームにたどり着くことに専念しました。山形新幹線のホームらしき所に到着。安心はできません。『聞くは一時の恥(はじ)』です。年配の駅員さんに「山形新幹線のホームはここでいいですか」。駅員は持っている旗で指して「ここに書いてあるじゃないですか」と笑いました。

 田舎者はただ一言「そうですよ」の言葉が欲しかったのです。ホームに吹く風はとても冷たく、田舎者は心の中で娘に「負けるなよ」と叫びました。」(毎日新聞 2016年5月4日「女の気持ち」より)

 

②和尚自身のちょっとした出来事を次に記します。

 2015年の7月に尾瀬ヶ原から至仏山〔しぶつさん〕という山へ登山に行きました。朝早く尾瀬山ノ鼻〔やまのはな〕の登山口から登り始めました。天気はあいにくの雨、少し登っていったら雷がゴロゴロ鳴り出しました。雨も本降りです。また悪いことに至仏山は蛇紋岩〔じゃもんがん〕という濡れると非常に滑りやすくなる岩でできているのです。

 しばらくして

上から一組の5~6人の団体が下りてきました。これ以上は危険だと言いながら。もう少し上がると別の一組の団体が滞留〔たいりゅう〕していました。もう少し上に行くと森林限界で樹木もなくなる、続けて登るべきか思い切って下りるべきか迷っていたのです。その人たちから私は判断の助けを求められたのです

 そして私に聞いてきました。「天気はどうなるのでしょうか」と。その状況の中、本心同じことを私もその人に聞いてみたかったのです。そう答えました。そしたらその人は「ここを是非登りたいと九州からわざわざ来ている人もいる」と。本当に迷っていたのだと思います。多分その人は「大丈夫ですよ、天気は良くなるから登っても大丈夫ですよ。」という一言が欲しかったと感じました。天気がどうなるか又たその人達のグループが無事登っていけるのかどうかなどとても私には分かりません。軽はずみなことも言えません。
 やっと答えたことは「どうなるか分かりませんが、私は登ります」と。山でのルールである、追い越す時に「お先に」という挨拶の代わりでした。ただ「お先に」とだけ言ってどんどん行く状況ではありません。

 その時頭に浮かんだのはこれは禅問答なのではないかと。そのまま登るか、そこから下りるかはたまたしばらくその場に留まり様子をみるべきか、躊躇〔ちゅうちょ〕なくどれかを選ばなければならない時のやりとりなので、ギリギリのことを問われているのです。山の頂上をめざす山登りの人を禅の奥義〔おくぎ〕をきわめようとする修行中の禅僧とするならば、「何をためらっているのだ」と、徳山〔とくさん〕禅師や黄檗〔おうばく〕禅師のように竹箆〔しっぺい〕で打つしかないでしょう。そこで必要なのは迷っている中での選択と一歩を踏み出す大憤志〔だいふんし〕(勇猛心〔ゆみょうしん〕)なのです。それを決めるのはほかでもなくその人なのです。

和尚からの蛇足

① その気持ちはよく分かります。その一言が欲しかったということ。この話と次の話をどのように理解したらいいのかを考えてみます。

 そこで、新聞の投稿記事に戻ります。ホームはどこにあるのかに不確定な要素はありません。ただそこは不案内な場所であったということです。その女性が求めていたのは、そこで尋ねられた駅員が旗で指して「ここに書いてあるじゃないですか」と言うのではなく、ただ「そうですよ」と答えて欲しかったことです。しかしそれは仁(儒教〔じゅきょう〕)のおもいやりの心を一方的に期待していたのだと思います。

 

② あとの山での出来事の話は、あの場において耳に雷〔かみなり〕の音そして降りしきる雨音〔あまおと〕、足下〔そっか〕は滑りやすいつるつるとした岩の表面、「さあ如何〔どう〕する」と突きつけられた禅の公案〔こうあん〕と考えたら如何でしょう。それは私の勝手な思いで、その方は禅の問答とは露〔つゆ〕にも思っていなかったのは当然のことでしょうが・・・。

 百名山を登ると険しい山を始めとしてかつては修験道〔しゅげんどう〕の行場〔ぎょうば〕だった所が随所にあります。しかし今は修行の場として登る人はごくまれで、ほとんどの人は登山・ハイキング・トレッキングで歩いています。

 臥雲寺のある所は鷲頭山〔わしずさん〕の登山口の一つになっています。その尾根道はかつては修験道の行場だった所です。現在は整備され「沼津アルプス」と名前をつけ、格好のトレッキングコースになっています。歩く人も様々で、どういう目的、気持ちで登っているかは人様々です。それでいいのだと思います。

 二千年以上前に老子は「大道廃れて仁義あり」といっています。仁義を強制したり一方的に期待したりするのではなく、自ずと(道家の)大道が行われることを理想としたのです。一方、私の立場は(仏教の)大道が行われることをめざしています。

(初掲載2016年5月12日)

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