仏はいったいどこにいるのか 酒井雄哉師

仏はいったいどこにいるのか
酒井雄哉師

2020. 5.15

酒井雄哉〔さかい・ゆうさい〕天台宗大阿闍梨。
比叡山飯室谷不動堂長寿院住職。1926年、大阪府生まれ。太平洋戦争時、
予科練へ志願し特攻隊基地・鹿屋で終戦。戦後、職を転々とするがうまくいかず、
縁あって小寺文頴師に師事し、65年に得度。約7年かけて約4万キロを歩く荒行
「千日回峰行」を1980年、87年の2度満行した。2013年9月23日、87歳で逝去。

 

仏はいったいどこにいるのか

 三年籠山をしている時、こんな年で山に来て若い人たちに混じって修行させてもらえるんだから、人より早く起きてお勤めしようと思った。そこで、夜中から起き出してお参りするようになった。滝に打たれてお清めして、西塔〔さいとう〕から根本中堂〔こんぽんちゅうどう〕まで歩いていって、お参りして阿弥陀堂から西塔まで帰ってくる。それをずーっと続けていた。

 ある明け方、とても美しい光景に出くわしたんだね。阿弥陀堂の近く、眼下に琵琶湖が見えるところがある。
 そこに東から朝日が上がってきて、輝きながら空をあかね色に染めていた。なんとも美しいなあと思いながら、朝日を拝んで浄土院の手前の山王院というところまでやってきた。
 すると今度は、白夜のようなほの明るい空に、お月さんがさえざえと照っている。ものすごく澄んだ青い光だった。太陽の赤い光と月の青い光。青と赤の光を感動しながら眺めていて、ふと思った。

 そういえば、毎日毎日、根本中堂をお参りしている。根本中堂のご本尊はお薬師さんだ。お薬師さんは、日光と月光の菩薩が脇を固めている。赤いのは日光菩薩で、青いのは月光菩薩だなあと。こりゃ、すごいと。

 お薬師さんが真ん中に座して、日光菩薩、月光菩薩で三尊仏。 お薬師さんが、いままさにぼくに、そういう光景を見せてくれている。
 そして、ふっと思った。「それならば、お薬師さんご自身はどこにいるんだろう?」って。キョロキョロしてみたんだけれども、どこにも見あたらない。
 そしてハッとした。こちら側にあかね色に照る日光、反対側にさえざえと青い月光。仏さんはその真ん中にいるはずだ。だとしたら、いまぼくが立っているここにいるのじゃないか―。
 自分の心の中に如来様がいて、日光と月光が自然のなかに立っている。その真ん中にいるのが仏なんだ。なるほどそうか、仏さんなんて探したっていないんだな、自分の心の中にあるんだな。そう気づいて、しばらく時間の経つのを忘れて突っ立っていた。

 仏さんはいつも心の中にいる。自分の心の中に仏さんを見て、歩いていくことなんだな。

『愛蔵版 一日一生』天台宗大阿闇梨 酒井雄哉より(朝日新聞出版)

和尚からの蛇足

 酒井雄哉師の『一日一生』を読むとその前半生の波乱に満ちた人生に引きつけられる。決して平坦とは言えない生い立ちに驚く。そして後半生は一転して出家して、回峰行を2度満行し、天台宗大阿闍梨となったのである。その起伏に満ちた人生には頭が下がる。

 ここに掲載した文章は『一日一生』の中の一章である。修行途中で経験した感動的な場面に心が洗われる思いがする。太陽と月、日光菩薩と月光菩薩、真ん中に薬師菩薩それが自分の心の中にいる仏さんだと気づき、目を覚まされたのだ。

 外に求めて見つけることが出来ないものを、自分の心の中にそれを見いだす。素晴らしいことである。禅では常にそのことを言っているが、それを体験を通し体で実感したこの一句一句は輝いている。この本を読み、その感動を少しでも味わうことが出きて、なんとうれしいことであろう。人にそれを伝える事の大切さをつくづく身に感じる。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA