会うよろこび ブレイディみかこ

会うよろこび ブレイディみかこ

2020. 7.31

We Will meet again(わたしたちは再び会います)
 今年4月、エリザベス女王は、ロックダウン中の英国の人々に向けて行ったスピーチの最後に、こんな言葉を言った。これは第二次世界大戦中に英国で大流行したヴェラ・リンの歌、『We’ll Meet Again』をもじった文句だ。英国には、この文句に泣かされた人が大勢いたらしい。このスピーチの後、ラジオでもテレビでも何度もこの古い曲がかかっていた。
 しかし、考えてみればおかしな話だ。なぜなら、わたしたちはロックダウン中も親族や友人や同僚に会っていたはずだ。オンラインで話したり、会議したりして日常的に接触していたからだ。先日、カナダ在住の作家の西加奈子さんとZoomで対談したときにそのことを話すと、彼女はこんなことを言っていた。「ネットで人類学者の記事を読んだんですけど、他者への信頼は、視覚と聴覚だけじゃなくて、嗅覚とか味覚とか触覚とかの感覚も使って築くものらしいです。だから、こうやってネットで話していることと実際に会うことはイコールではないみたいなんです」
 記事のリンクを教えてもらって読んでみたら、なるほど京都大学総長の山極壽一〔やまぎわじゅいち〕先生がこんなことを言っていた。人間は、視覚と聴覚を使って他者と会議すると脳で「つながった」と錯覚するらしいが、それだけでは信頼関係までは担保できないという。なぜなら人は五感のすべてを使って他者を信頼するようになる生き物だからだ。そのとき、鍵になるのが、嗅覚や味覚、触覚といった、本来「共有できない感覚」だという。他者の匂い、一緒に食べる食事の味、触れる肌の感覚。こうしたものが他者との関係を築く上で重要なのだそうだ。つまり、人間はまだ身体的なつながりのほうを信じているとも言える。そのうち脳のつながりだけで幸福を感じる人も出てくるかもしれないと山極先生は語っていた。しかし、まだいまのところは、人間は他者の身体を必要としているらしい。
 オンラインでの「つながり」は「会う」こととは違う。それを本能的に知っているから、英国の人々も女王のスピーチの言葉に涙したのだろう。どんなにテクノロジーが発達しても、いまだに人を幸福にするのは、「会う」よろこびなのである。「どこかで絶対また会いましょう」
 ビデオ通話を切るたびにわたしも女王みたいなことを言っていることに気づく。
 早く人々が自由に移動できるようになり、失われた幸福な瞬間が世界中に戻ってくる日を待ちながら。

  幸せって何だろう(JAF2020 8・9月号)より

ブレイディみかこ=文
Mikako Brady
 1965年福岡県生まれ。96年に英国へ移住し、保育所勤務の傍らライターとして活動。英国での息子との日々を綴った『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で、Yahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞を受賞。

和尚からの蛇足

 これも以前のブログの「幸せって何だろう」(2020. 5.29)と言うシリーズのコラムからの引用である。前は「しあわせの種類(角田光代)」という題であった。今回は「会うよろこび(ブレイディみかこ)」という題である。

 ここに書かれているように「ネットで話していることと実際に会うことはイコールではない」と聞くと「やはりそうか!」と思わざるを得ない。2020. 6.19付のブログ「リアルな世界の『何か』と昔語りの『何か』」で触れたように、リアルな世界でしか感じられないものは代えがたいものであり大切にしたいと思っている。

 山極壽一〔やまぎわじゅいち〕先生が次のように言っているのは非常に大切なポイントであるだろう。つまり「人は五感のすべてを使って他者を信頼するようになる生き物だからだ」という点である。そして「いまだに人を幸福にするのは、『会う』よろこびなのである」と言い切っている。それについてはブレはないでしょう。例え今のようなコロナ禍の日常において、中には右往左往している人もいるかもしれない。そこはあわてずにこの大事なポイントにいつでも戻ってくればいいと思う。

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