俳句的死に方 長谷川 櫂

俳句的死に方(二) 長谷川 櫂
             (円覚 令和2年 春ひがん号より)

2020. 8.21

(前略)

 死というと漠然としていますけれども、実は二つの意味があって。一つは死の入り口です。入り口というのは、いろんな病気であるとか、老衰であるとか、あるいは事故であるとか、そういうものを指して、これを死と呼んでいる。肉体的に言うと、心臓が止まって脳が死んでという、これがいわゆる死の入り口です。

 それと死という場合、もう一つ、死の奥を指していることがあって、死んだ後どういう世界が待っているかということです。仏教でいう地獄極楽です。キリスト教には天国という言葉もあるけれども、そういう死後の世界のイメージを抱く人もいる。

 この二つを分けて考えると、死の入り口と死の奥というのがあって、死の入り口も自分が一体どういう死に方をするのかは分からないわけだけれども、それから先の死後の世界となると、ますますこれは分からないということです。これが一つの大きな問題で、われわれは死を恐れるといっても、自分の死を知らないで死を恐れているわけだから、要するに知らないものを、幻を恐れているというところがありはしないかということです。

 皆さんはお気付きになっているかどうか、「シ」(死)という言葉は元々、日本の大和言葉にはなかった言葉なんです。これは中国と日本が交流していく中で、漢字として日本に入って来た、つまり仏教が伝わったのと同じころに日本に入ってきた中国語でありまして、名詞で言うと「死」、動詞にすると「死ぬ」です。

 これは「死」という言葉に「ぬ」という言葉を付けて日本で作った動詞なんですけれども、中国から「死」という漢字が伝わって来る以前は、日本人は死ということを知らなかったということです。つまり死という漢字、言葉からわれわれがイメージするような死を、大昔のわれわれの先祖は知らないでいたということで、われわれが「死」に抱くさまざまなイメージは言葉が生み出す一つの幻であるわけです。

 古来、日本では、死ぬことを「なくなる」と言うんですね。なくなるというのは目の前からいなくなるということで、どこかへ行くわけです。じゃあ、どこへ行くかというと、山とか海へ行っていた。これが昔の死です。

 だから死という言葉からイメージすると、死を境にしてどこか死後の世界へ行くような、別の次元の世界へ行くような感じがしますけれども、日本人はそういう考え方、抽象的な考え方をしなかった民族で、ここにいなくなって山や海へ移る、これが死なんです。

 で、死と生の間にはっきりした境界がない。これが大昔の日本人の死の考え方だろうと思います。逆に言うと、生と死が連続している。例えば、赤ん坊が生まれる場合は「くる」です。どこからか来るわけです。お盆に魂が帰ってくるのも来るわけです。もし本当に極楽浄土へ行っているのだったら、極楽浄土からはるばる帰って来なくてはいけないわけです。しかも極楽浄土は結構、居心地のいい所らしいから、わざわざこの娑婆〔しゃば〕へ戻って来る必要もないわけでして、絶対に来ない。

 だけど、裏の山とか近くの海岸とか、そういう所に行っている先祖の魂が帰ってくるというのが大昔の日本人の死の捉え方だったろうと思います。つまり死と生がそれほど隔絶していないわけです。

 何かに「帰る」という言い方は、大昔の日本人の感覚を伝えている言葉だろうと思います。土に帰る、大地に帰る、あるいは宇宙に帰る、混沌の世界に帰ると言ってもいいわけですが、何かこの世と連続した場所へ帰っていく、あるいは移動するというのが、日本人が抱いていた死のイメージじゃないかなと思うわけです。

 この大昔の日本人の死のイメージについて、実は俳句の世界にはおもしろい資料がありまして、それは皆さんもご存じの『奥の細道』です。あの松島のくだり、あるいはあの立石寺のくだりです。松島のくだりでは雄鳥という島に行くと、そこに幾つもの洞窟があって、お坊さんや世捨て人の修行の場所になっているということが書いてある。その海岸の洞窟というのは、元々、松島の近くの得で亡くなった人をそこへ納める。そうすると波が洗ったり風が洗ったりして亡き殻を清めてくれる。そして魂はそのまま海岸にいるわけです。

 松島に瑞巌寺という大きなお寺がありますけれども、あそこも山門を入って右側に崖がありまして、その崖に洞窟がいくつも造ってある。あそこも仏教の修道者たちのすみかだったと言われていますが、元々は人を葬った場所でしょう。そこに魂は漂うわけです。

 もっとはっきりしているのは山形の立石寺です。巨大な岩山が空中にそびえていて、あの岩にも洞窟がいくつもあって、ふもとの里で人が亡くなると、その洞窟に納めておく。そうすると風が吹いたり鳥が食べたりして、亡き骸が清められていくという世界。そうすると、山に魂が残る。だからお盆になったらすぐ里に帰って来てくれる。

 こういう死者と非常に近い世界をわれわれは持っていて、漢字の死から死をイメージするようになっても、元々日本人が持っていた感じは、いまだに根強く残っているんじゃないかと思うわけです。

 問題は死後、意識が残るかどうかですね。意識はもちろん残るんだという方もいらっしゃるし、意識は消えてなくなるだろうという人もいますが、僕はこれはよく分かりません。死んでみないと分からない。一応、死の入り口でさっき言った死を迎える時に、意識は消滅してしまうと生きている人間は考えているわけです。だけど実際は残っているかもしれない。

 この意識の消滅を、人間はすごく恐れる。自分がこの世を把握できなくなってしまうことに対して、恐怖を抱くわけです。元々混沌とした宇宙があって、そこに人類が生まれた。人類が生まれて意識を持ち始めるわけです。つまりものを見て考える。やがて言葉を生んで、言葉がこの世界に秩序をもたらすわけです。

 意識が目覚めて言葉を持つことによって、この世に秩序をもたらす。もしこの世界に言葉がなければ、灰色の世界が続いているはずです。そこで、これは時計である、コップであると名付けることによって、ものがその姿を取ってくる。人類が生まれて、意識を持って言葉を持つことによって、この世界が誕生する。

 そうすると、逆に言葉を失って意識を失って混沌の世界に帰っていくというのは、人類がやってきたこととは逆さまのことになるわけですから、恐るべきことであるわけです。だから、人間は本能的に意識を失うということを恐れるということが言えるのではないかと思います。
 死について、こういうことを幾つか考えたんです。次は具体的な例をお話ししようと思います。(俳人)

〈令和元年六月一日(土)
第84回円覚寺夏期講座 講演録より 四回連載の二回目〉

◎長谷川 櫂(はせがわ かい)

 1954年、熊本県生まれ。俳人。俳句雑誌「古志」前主宰、インターネット歳時記「きごさい」代表、朝日俳壇選者。『俳句の宇宙』でサントリー学芸賞、句集『虚空』で読売文学賞受賞。
 著書に 『俳句的生活』『和の思想』『俳句の誕生』、句集『沖縄』『九月』『震災歌集 震災句集』などがある。インターネットのサイト「一億人の俳句入門」で「ネット投句」「うたたね歌仙」を主宰。
 岩波書店「図書」でエッセイ「隣は何をする人ぞ」を連載中。

和尚からの蛇足

 鎌倉の円覚寺で発行している小冊子「円覚」を読んでいて、面白い記事があったので、掲載します。

 誰しもある年齢になると「死」ということが気にかかってくるものである。俳人である長谷川氏の日本人がもっている意識についての文章にハッとさせられた。

 「中国から「死」という漢字が伝わって来る以前は、日本人は死ということを知らなかった」というのだ。そして「死ぬことを「なくなる」と言い」「山とか海へ行っていた。これが昔の死」というのである。

 毎年お盆になると先祖の魂が山から下りてきて、「すぐ里に帰って来てくれる」という信仰と仏教のあり方との整合性に多少の戸惑いを感じている。これは容易には解消することは出来ないであろう。長谷川氏の文から分かるように日本人の古来からの信仰に根ざしているのである。

 「意識が目覚めて言葉を持つこと」と「逆に言葉を失って意識を失って混沌の世界に帰っていく」ことがある。意識を失うことを怖れることは、最近ではやらなくなってきた棺桶に釘を打って封じて魂がどこかへ行かないようにしていることに通ずるとわたしは解釈している。わたしたちの心の奥底にある大切な思いが、ここに甦〔よみがえ〕ることを覚える。

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