理想の大道を行き尽して、途上に斃〔たお〕るる刹那

理想の大道を行き尽して、途上に斃〔たお〕るる刹那

2020.10.30

「諸君は道を行かんがために、道を遮〔さ〕えぎるものを追わねばならん。彼らと戦うときに始めて、わが生涯〔しょうがい〕の内生命〔ないせいめい〕に、勤王の諸士があえてしたる以上の煩悶〔はんもん〕と辛惨〔しんさん〕とを見出し得るのである。――今日は風が吹く。昨日〔きのう〕も風が吹いた。この頃の天候は不穏である。しかし胸裏〔きょうり〕の不穏はこんなものではない」
 道也〔どうや〕先生は、がたつく硝子窓〔ガラスまど〕を通して、往来の方を見た。折から一陣の風が、会釈〔えしゃく〕なく往来の砂を捲まき上げて、屋〔や〕の棟〔むね〕に突き当って、虚空〔こくう〕を高く逃〔の〕がれて行った。
「諸君。諸君のどれほどに剛健なるかは、わたしには分らん。諸君自身にも知れぬ。ただ天下後世が証拠だてるのみである。理想の大道〔たいどう〕を行き尽して、途上に斃〔たお〕るる刹那〔せつな〕に、わが過去を一瞥〔いちべつ〕のうちに縮め得て始めて合点〔がてん〕が行〔ゆ〕くのである。諸君は諸君の事業そのものに由〔よ〕って伝えられねばならぬ。単に諸君の名に由って伝えられんとするは軽薄である」

 

『野分』夏目漱石著より

和尚からの蛇足

 小説『野分』は夏目漱石により明治末に書かれ、雑誌『ホトトギス』に掲載された。その小説の中で終わりの方に白井道也の演説の部分が出てくる。その一部である。夏目漱石の転機となった年と解説にあった。

 大学卒業後、地方何カ所かで教員をしていて、東京に戻り生活を始めた。豊かな暮らしにほど遠い毎日である。そんな時に演説会に登壇〔とうだん〕し、自分の思いを朗々と唱えたのだ。

 その中で「理想の大道〔たいどう〕を行き尽して、途上に斃〔たお〕るる刹那〔せつな〕に、わが過去を一瞥〔いちべつ〕のうちに縮め得て始めて合点〔がてん〕が行〔ゆ〕く」という所に非常に興味を持った。「そうか!」

 そういう歩みを漱石も願っていたのかもしれないと分かった気がした。当たっているかどうかは責任は持てないが、そこが明治人が現代人と違うところであることは間違いなかろう。こういう小説を読むことによって得ることは大なりというべきである。

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