童話「ねむの木の風」

2020.  2. 14

「ねむの木の風」
(作/花岡大学 え/まえだあきひろ)

 たのんでみても、だめだと思ったが、おれは、たのんでみないではいられなかった。
 たのんでみると、やっぱりだめだった。
 父は、こわい顔をして、

 

 

 

 

 「ぜいたくなことをいうな。子供用の自転車が買えるほど、うちのくらしがらくだと思っているのか。ばかめ!」
 と、どなった。
 らくだとは思っていない。だが、なに

もそう、がみがみ怒らなくともいいではないか。

 おれは、腹がたった。おれは、口の中で、
 「おっとうのケチンポー!」
 といって、うちをとびだした。

 

 それから、おれは、すぐ、自転車のことなど、あっさりあきらめた。
 その日は、夏祭りの日だった。
 おとなもこどもも、みんなあそんでいた。
 おれは、いつもみんなのあつまっている、県道わきのねむの木広場へ、走っていった。
 みんな野球をしてあそんでいた。
 おれは、すぐ、正作と投手交替して、がむしゃら
 に投球しつづけた。

 

 

 するとそこへ、五郎が、新しい自転車にのって、やってきた。
 すんだ音のするベルを、わざとならした。
 おれたちはびっくりして野球を中止し、五郎をとりかこんで、きいた。
 「これ、お前買うてもろうたんか」
 「あたりまえじゃ」
 と、五郎はとくいになっていった。
 「おっとうがボーナスをもらったので、その金で買ってくれたんや、おっとうは、おれのいうことならなんでもきいてくれる」
 五郎の父は、電車の線路工夫だった。
 家は小さいし、田も畑もない。
 くらしは、らくでないときいている。
 だが五郎の父は、くらしのことなどいわないで、すばっと自転車を買ってやるなんて、えらいもんだ
 と、おれは、へんにむしゃくしゃしてきた。
 おれは、ピカピカ光る自転車を、なめるように

ながめまわしながら、そのむしゃくしゃするやつを、じっとこらえていた。
 そしてしきりに、
 「おれのとこのおっとうは、百姓だから、どこからもボーナスなんかもらわれへん。だからしょうがないのや」
 と、自分にいいきかせた。
 そうすると、胸がどうやらおさまりかけた。
 と、そのとき、正作が五郎に、
 「あとで、おれに、ちょっとのせてんか?」
 といって、たのんだ。
 昭夫も新一郎も、頭をさげてたのんだ。五郎はいばって、
 「よっしゃ」
 と、いった。
 おれは、五郎の女みたいに、ぐにゃぐにゃしたところが大きらいだった。
 だからへいぜい(ふだん)から、なかがよくなかった。
 それでおれは、どうしようかとまよったが、やっぱりのせてもらいたくてならなかった。
 おれは、いちばんあとから、そっとたのんでみた。

 すると五郎は、つめたい眼をして、
 「お前にはかしてやらん」
 と、いった。
 おれは、ムッとした。だがどうすることもできなかった。おれは、ぶるぶるふるえた。それから泣きそうになってきた。

 ちょうどよいことに、そのとき大型のバスがとおりかかってきた。
 おれたちは道のかたわらへよけて、バスを通してやった。
 バスのまどから、女の子がいっぱいのぞいた。

 その女の子のなかの一人が、そのとき帽子をとばせた。

 帽子は、ふわっととんで、風にあふられて、泥田
のなかへ、おちた。
 それを見ると、なぜかおれは、はじかれるように
泥田のなかへ、ピチャピチャとぴこんで、その帽子
をひろってきた。
 泥まみれの足で、おれは五郎に、
「おい、ちょっとのま、自転車をかしてくれんか」
と、たのんだ。

 五郎は、
 「いらん!」
 といって、自転車にしがみついた。
 おれは、いきなり五郎をつきとばした。そしてすばやく、その自転車をうばった。

 だが、おれは、こんなにいそがねばならない場合、五郎が泣いたりするのは、まちがっていると思った。

 それでおれは、自転車にとびのると、あわててバスのあとをおっかけた。

 

 

 バスは、橋の向こうで止まっていたので、おれはすぐ追いついて、無事にその帽子を女の子にとどけることができた。
 ちょっと考えると、とんだ帽子を、おれが、なぜそんなにあわててとどけなければならなかったのかわけがわからなかった。
 わからないが、しぜんそうせずにいられなかったのだから、しょうがない。
 とにかくおれは、なんかしらホッとしたのだから、それでいい。
 バスは、いってしまった。

 おれは、くちぷえをふきながら、ひきかえしてきた。
 ところが、かえってくると、もとのところに、五郎の父やおれの父やおおぜいのおとなたちがあつまって、がやがやいっていた。

 

 

 そして、おれが自転車からおりると、おれの父は、つかつかっとおれのそばへきたかと思うといきなり、おれの顔をパチンとなぐりつけて、どなった。
 「たのまれもせんことを、ちゃかちゃかしやがって、五郎とこのおっとうは、かんかんに怒ってやはる。さあ、はよ、おっちゃんにあやまれ!」
 おれは、びっくりして、父の顔をみた。
 おれは、不服だったのだ。なさけなかった。
 だが、おれはいわれるままに、
 「おっちゃん、わるうございました。すみません」と、あやまった。あやまりながら、おれは、あの父の顔は、けっしてあれは、ほんとうに怒っている顔ではなかったと思った。怒りながら、ちっとも怒っていない顔だ。

 

 「自転車は、いそぐときにのるもんだ、なあ、おっとう」
 と、おれは、心の中で、父に話しかけて、にっと笑った。
 父は、だれにもたのまれないことをした、おれのことを、ちゃんとわかってくれているに違いないと思った。たしかに、そんな怒っている顔だった。
五郎は、わっと泣いた。

 自転車など買ってくれなくとも、五郎の父よりおれの父の方が、うんといい父だと、おれは思った。
 なんだかおれは、うれしくてたまらなくなった。
 ねむの木広場のねむの木の葉っぱをゆさぶって、さやさやと風がふいていた。
 からりと空は晴れ、祭りの太鼓が、その空へのんびりとひびきわたっていた。

大淀町ホームページより

和尚からの蛇足

 このお話を読み、この子と父親との気持ちの通い合いが単に言葉ではなく、もっと深い心の中であったことが爽〔さわ〕やかです。
 それよりも大事だと思ったのは、女の子が落とした帽子をひろって、余計なことも考えずに一途になって届けにいった行いが素晴らしいと思います。

 妙心寺開山の関山慧玄さんに次のような逸話があります。

 当時の妙心寺の方丈は、屋根が朽ちても修理をしないほど、簡素な修行生活の場になっていたようです。ある日のこと、急に大雨が降りだして、本堂の屋根が雨漏〔も〕りをはじめ、水滴がポタポタと床に落ちてきました。
 それを見た慧玄さんが 「誰か、雨水を受けるものを持ってきてくれ」と大声を上げると、弟子たちは雨水受けになる物をすぐに探し始めますが、なかなか適当な物が見つからず、誰もがウロウロしていました。そんな中、弟子の一人が一目散に慧玄さんのもとへ駆けつけますが、彼が手にしていたのは、なんと〝笊〔ざる〕〟。いくら慌てていたとはいえ、雨水がすべて抜け落ちてしまう笊をその弟子は〝雨水受け〟として持っていったのです。他の弟子たちは『これは、怒られるぞ』と思いながら様子を見ていると、慧玄さんは怒るどころか、 その笊を持って来た弟子をたいへん褒〔ほ〕めた…という話です。

 慧玄さんが笊を持ってきた弟子を褒めたのはなぜでしょうか? それが帽子を懸命に届けた少年に通ずると思うのです。役に立たない笊を持っていくという行為は、一見、愚かな行為に思えます。しかし、この弟子にとっては「今、ここ、この私を精いっぱい生きる」という心を素直に表した行動であり、その迷いのない、ありのまま自然な姿が禅の修行者にふさわしい行動であり、尊い行いなのです。

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