説話【この仏について修行するのは―今―】

2019.12.13

 釈尊が祇園精舎〔ぎおんしょうじゃ〕に滞在していた時のことである。
ひとりのバラモンがこの精舎を訪れて釈尊に尋ねた。

「未来の世には、どのくらい仏がお出ましになりますか」
「未来の世の仏の数は極めて多い。ガンジス河の砂の数ほどです」
 バラモンはこれを聞いて考えた。

 ――それならば、なにも今苦しんで修行しなくても未来の世で修行すればよいわい。
 バラモンは釈尊に一礼して帰りかけた。ところがその時、ふと別の考えが頭をかすめた。

 ――待てよ、わたしは過去の仏のことについてお聞きしなかったわい。
 そこでバラモンは引き返して再び尋ねた。
「過去には、どのくらいの仏がお出ましになったのでしょうか」
「過去の世の仏の数もまたガンジス河の砂の数ほどありました」
 バラモンは考えた。

 ――過去の世にも無数の仏がいらしたのに、わたしはこれまでその教えを受けることがなかった。してみると、未来の世にたとえ無数の仏がお出になったとしても、わたしはその教えを学ぶことがないかもしれない。そうだ、わたしは今この仏について修行しなければならないのだ
(雑阿含経四七)(サンユッタニカーヤ15・8)

 祇園精舎〔ぎおんしょうじゃ〕:スダッタ長者が釈尊とその弟子のために建てた僧坊〔そうぼう〕。多くの説法がこの地でなされた。
 バラモン:インドには古代より身分階級制度があった。その最上の身分をいう。
(『仏教説話大系11』より)

和尚からの蛇足(だそく)

 修行にとって最も大事なことは、正しい指導者を得ることです。道元禅師は『学道用心集〔がくどうようじんしゅう〕』の中で「正師〔しょうし〕を得ざれば学ばざるにしかず。」といっています。
 そして修行するのにちょうどいい時は今だと説いているのです。

 大事なことでもいつか都合のいい時にやればいいと誰でも考えますが、そうではないというために、釈尊は過去の仏のことまた未来の世の仏のことをあげて、今行う修行の大切さを分かるように導かれているのです。

 道元〔どうげん〕禅師も中国で「更〔さら〕に何〔いず〕れの時をか待たん」という言葉に目を覚まされました。つまり――今でなくていつできる――これを忘れないように心がけたいものです。

道元禅師:曹洞宗を日本に伝え永平寺をお開きになられた。(1200-1253)

(初掲載2017年6月27日)

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