説話【バターチャーラーさん】

2020.11.20

(前四○○年前後)

 コーサラ国の首都、サーヴァッティの豪商の娘バターチャーラーさんは、両親の反対を振り切って、使用人の青年と駆け落ちをしました。遠くの村にたどり着き、何とか粗末な家に住むことができましたが、無一文で飛び出して果たので極貧の生活となりました。

 時が経って、子供が二人生まれました。ある日、集中豪雨に襲われ、ひどい雨漏りになりました。夫は慌てて森へ修理材料を探しに行きましたが、毒蛇に咬まれて死んでしまいました。あくる朝、家の前の川が増水して、危なくなってきました。バターチャーラーさんは一人の赤子を抱いて川を渡り、安全そうな小高い丘に寝かせ、もう一人の赤子を渡そうと川の中を引き返しました。途中で丘を振り返ると鷹が赤子をさらっていこうとしています。大声を上げると家に残した赤ん坊が、母が呼んだかと思って、よちよちと川の中に入り、流されてしまいました。

 一度に家族三人を失ったバターチャーラーさんは、放心した様に故郷に向かって歩き始めました。途中で故郷の人に出会ったので、父母の事を聞くと、昨夜の豪雨で家が崩れ、父母兄弟は下敷きになって死んだと聞かされました。あまりの悲劇に、ついに気がおかしくなったバターチャーラーさんは、ふらふらと祇園精舎〔ぎおんしょうじゃ〕の方に向かいました。

 よろめくたびに着物がずり落ち、ついには裸になってしまいました。
 精舎では比丘たちが、変な女が来たと、大騒ぎになりました。
 騒ぎを聞きつけたお釈迦さまがこれを制して、バターチャーラーさんに「正気に戻れ」と一喝されました。
 これで、はっと我に返ったバターチャーラーさんは、恥ずかしさのあまりお釈迦さまの前で地に伏しました。

 お釈迦さまはその背に自分の袈裟を掛けてやり、
 「世の流れは、ひと時も止まることはない。子供でも、親でも己の永遠の頼りにはならない。永遠の頼りになるのは教えと、真実の自分を掴み取ることだよ
 と、優しく話されました。
 バターチャーラーさんは本当の自分を見つけようと、その場で出家したそうです。

       『花園』平成24年11月号 文・なみ からし より

 

和尚からの蛇足

 

 改めて思うけれど、お釈迦さんの時代も今もさまざまな不幸なことが同じように起きているものである。

 家族が何人も亡くなった大震災のような悲惨な状況に身をつまされてきた。毎年起こる水害の爪痕〔つめあと〕に接することは、言葉にならないほどつらいことである。そういう辛い目に遭った人たちがそのあとどのように乗り越えていくのかは遠く離れていても見過ごすことはできない。

 お釈迦さんのところにやってきたバターチャーラーさんは他に頼ることもできず、せっぱ詰まった気持ちでいたのだ。そこでお釈迦さんのあたたかい受け入れで、諭〔さと〕され救われたのでしょう、その場で出家をしたとのことである。

 自然災害がひんぱんに起きるようになるだろうという予測もある。常にそれらに対処していかねばならない。その時にお釈迦さんのような存在の偉大さとありがたさをつくづく思う。

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