説話【三人のバラモンさん】

2019. 8.25

(前四〇〇年頃)
 竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)の近くに四人の熱心なバラモンさんがいました。熱心なだけに当時新興の仏教をことのほか嫌っていました。
 ところが、仲間の一人が、こともあろうにお釈迦さまに帰依して出家してしまいました。
 「我々の敵、釈迦に帰依するとは許せん」
 残る三人のバラモンさんは大変鷺き、怒りました。
 怒りのおさまらない三人は、お釈迦さまに文句を言おうと、連れだって竹林精舎に行きました。お釈迦さまに対面した三人は、口々に罵り、仲間をたぶらかし遣れ去ったと非難しました。

「三人のバラモン」

 黙って聞いておられたお釈迦さまは、時を見計らって、バラモンさんに尋ねられました。
 「例えば、遠くから久しぶりに親しい友達が、あなたの家に遊びに来たとしよう。丁度昼時だ。
  あなたはご馳走を支度するかね」
 「昼時であれば当然する」
 「もし、友達がご馳走を辞退したとすれば、ご馳走は誰のものになるのだろう」
 「当然、私の物だ。私が食べる」
 「先ほどからあなた達は、私に悪態をついているが、私はそれを受け取らない」
 「・・・」
 「そうすれば今までの悪態はすべて、あなた達の物となるんだけれどなあ」
 バラモンさん達は、お釈迦さまが怒ったと思い、
 「最上の悟りを開いたという者が、怒るのはおかしいじゃないか」と、言い返しました。

 「心身を訓練し、正しい生活をしている人は怒ることはない。怒りに、怒りを持って返すことは悪いことである。逆に怒る人に怒りで返さなければ、自分と相手が救われるという、二つのご利益があるんだ」
 結局、三人のバラモンさんもお釈迦さまに帰依して出家することになったそうです。

 『花園』2012年12月号より

和尚からの蛇足

 この説話を読んで、まず思ったことは、この三人のバラモンがこんな簡単に帰依するものだろうかということであった。
 そこでもう一度ゆっくり読んでみることにする。

 お釈迦さまがバラモンたちに言ったことは明解である。日常起きている食事を例に話されている。それには誰でも納得することである。
 そこで、話を転じた。お釈迦さまに悪態をついていたバラモンたちに、食べないご馳走を受け取らないように、その悪態は受け取らないと実に沈着な態度で解りやすく伝えたのである。

 バラモンたちは腹を立て自分を失っている。そこにこのお釈迦さまの冷静な態度に接したさすがのバラモンたちも怒りの持っていき所がなくなってしまったのである。

 次に、なにがよくないことかをさとし、さらにこれこれこういう利益があると示しているのです。ありがたいと思わずにはいられません。

 これを私たち日常に応用できないでしょうか。争いごとや諍(いさか)いごとはどこでも誰でも体験していることです。決してなくなることはありません。

 その時に是非このお話を思い出して、みてはどうでしょうか。

 腹が立っているときに、冷静になりなさいと言ってもそう簡単になれるものではありません。しかし、ここでのように「自分にも相手にも利益になりますよ」という教えには心が動かされるのではないでしょうか。

 世の中のできごとが平和に住むようにするには、この一歩から始まると言っても過言ではないでしょう。

(初掲載2016年3月26日)

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