説話【今していることに生きる】

2020.10. 9

 弟子たちが、一日一食のシンプルで静かな生活を送っていながら、顔色が輝いているのはどうしてかと尋ねられ、ブッダはこう答えた。

 「彼らは過去を悔やまず、未来のことを気に病まない。彼らは現在を生きている。
だから彼らの顔色は輝いている。愚かな者たちは、未来のことを気に病み、過去を悔やんで、それはまるで青々とした葦が刈り取られ、陽に当たって枯れてしまうようである」

 気付きあるいは自覚といっても、「私はこれをしている」「私はあれをしている」といつも思い、意識することではない。その逆である。「私はこれをしている」と思う瞬間、あなたには自意識が生まれ、行なっていることにではなく、「私は存在する」という考えに生きている。その結果、行ないはだめになる。

(中略)

 私たちの活動に関する気付きあるいは自覚に関してブッダが教えたことは、今の瞬間、今していることに生きることである(これはまた、本質的にはこの数えに基づいた「禅」の教えでもある)。

『ブッダの説いたこと』ワールポラ・ラーフラ著より

和尚からの蛇足

 以前にも引用したことのある『ブッダの説いたこと』ワールポラ・ラーフラ著の文章の一部である。これは「心の修養(パーヴァナー)」と題された章の中にある。その中で次ぎのようにも述べている。

 瞑想ということばはバーヴァナーの訳であるが「仏教のバーヴァナーは、心の修養である。それは心を肉欲、憎しみ、悪意、怠惰、心配、落ち着きのなさ、疑いといった汚れや動揺から浄化し、集中力、気付き、知性、意志、エネルギー、分析力、自信、喜び、静けさといった資質を啓発し、最終的にはものごとをありのままに見、究極の真理、ニルヴァーナを実現する叡智に到達させるものである。」

 これだけ瞑想の重要さを説かれているものの、残念ながらワールポラ・ラーフラ師も書いているように誤解されているケースが多く見られる。本当にもったいないことである。

 正しく理解し、実践するするために、ブッダの説かれた例えは分かりやすく的を射ているのである。前にも書いたが、無分別の大切さ、無心に生きることのありがたさを学んでいかなければならないでしょう。

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