説話【教えに固執しない】

2020. 1.17

 「弟子たちよ、ある人が旅の途中で大きな川に出くわしたとしよう。
こちらの岸は危険であり、対岸は安全で危険がない。
安全で危険がない対岸に渡る舟もなく、橋もない。
そこで彼はこう思った。「この流れは大きく、こちらの岸は危険だ。
対岸は安全で危険がない。渡るのに舟はなく、橋も架かっていない。
草、木、枝、葉を集めて筏〔いかだ〕を作り、
それに乗って手と足で漕〔こ〕ぎ、安全な対岸に渡ろう」と。

         

  弟子たちよ、こうして彼は草、木、枝、葉を集めて筏を作り、
それに乗って手と足を使って無事対岸に渡った。
そして、こう思った。「この筏は大変役立った。
そのおかげで、私は手と足を使って安全にこちらの岸に着いた。
だから、これからは頭に載せるか、背負〔せお〕うかして
この筏を持ち歩くことにしよう」

 弟子たちよ、彼の筏に対する思いは正しいかどうか」
 弟子たちは「正しくありません」と答えた。

 「では弟子たちよ、どういう態度がふさわしいであろうか。
もし彼が「この筏は大いに役立った。
そのおかげで、私は手と足を使って安全にこちらの岸に辿り着けた。
筏は浜に揚げるか、つなぎ止めて浮かしておき、
私は先に進もう」と言ったらどうだろう。
これこそが、正しい行ない、正しい態度である。

 弟子たちよ、私の教えは筏と同じである。
それは、流れを渡るためのもので、持ち歩くためのものではない。
あなたがたは、私の教えは筏に似たものであると理解したならば、
よき教えすら棄〔す〕てなければならない。
ましてや悪しき教えを棄てるのは、言うまでもないことである

 

『ブッダの説いたこと』ワールポラ・ラーフラ著より

和尚からの蛇足

 以前に旧サイトのブログで「小鳥のヒナがかえった」と
載せたことがありました。
小鳥はこの話の筏と同じように、葉を集めて巣を作り、
その中で卵を温め、ヒナをかえし、
巣立つまで親鳥はせっせと巣まで餌〔えさ〕を運んでいました。
大いに役立ったその巣はそのままにして先を目指し離れていきました。
小鳥はさりげなく、もしかしたら自分の生命をかけてそうしているのかもしれません
教えは身の回りにあり、それに気づく者でありたいと思っています。
(初掲載2016年6月15日)

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