説話【アッサジさん】
2019. 8. 1
(前四○○年前後)
ブッダガヤの菩提樹の下で大悟を掴んだシッダールタさんは、カビラ城から派遣された自分の護衛であり、苦行を共にした五人の仲間にお悟りを教えようとサールナート近くの苦行林に帰って来ました。
王子シッダールタの護衛であるアッサジさんたち五人は、シッダールタさんが去った後も苦行林に留まり、苦行を続けていたのです。
シッダールタさんを、苦行に負けた弱虫と軽蔑していたアッサジさんたちですが、シッダールタさんの自信に満ちた姿と、解りやすいお話を聞いて、瞬く間に小悟を得ました。
それからはシッダールタさんをブッダと呼び、サールナートの森を修行場として坐禅、托鉢、説法を聴く生活が始まりました。
托鉢は午前中で、毎日交代で二人が出かけ三人が残って、ブッダの説法を聴くというような日々のルールができました。
小さな仏教教団の始まりです。
今朝はコンダンニャさんと、アッサジさんが托鉢に出かけました。帰りはサールナートに入る手前の森で落ち合って帰る約束になっていました。
朝霧が消え、太陽がすっきりと姿を現したので、アッサジさんは、約束の森の木陰でコンダンニャさんを待つことにしました。
「失礼します。街でお見かけしたのですが、托鉢中でしたのでご無礼と思い、ここまであとを追ってまいりました」
「私に何か御用でございましょうか」
「私はサーリプッタと申します。托鉢中のすがすがしいお姿を拝見して、どのような教えをお持ちの方かと伺いたく、後について来たのです。どうか教えをお聞かせください」
「そうなんですか。しかし、私はブッダについて修行中で、まだ人にお教えできるような立派なものは持っていないのです」
「それでは、ブッダはどのような教えを説いておられるのでしょうか、お教えください」
「うまく言えませんが、ブッダは、諸法はすべて因縁より生まれ、諸法を断てば自然に安らかになれると、説かれています」
アッサジさんは簡潔にブッダの教えを伝えました。
サーリプッタさんは大喜びで森を出て行きました。アッサジさんの一言で、サーリプッタさんは友達のモッガラーナさんと共に、大勢の自分の弟子たちを引き連れてブッダの所へ入門しました。これによって、整った教団が誕生したのです。
『花園』平成28年12月号 文・なみ からし より
和尚からの蛇足
アッサジさんは仏教の歴史の中で大切な人です。
まずお釈迦さんにできた最初の五人の弟子の1人であることです。
そして後の教団で大きな役割を果たした十大弟子の智慧第一のサーリプッタ(舎利弗)さんと神通第一のモッガラーナ(目連)さんをお釈迦さんの教えに導いたことです。それによってそれぞれ250人もいたお弟子がこぞってお釈迦さんの弟子になり、教団として発展の基礎となったことです。
私個人にとっても大事な人です。かつてスリランカにおいて上座部仏教の得度を受け、授けられた名前がこの「アッサジ」だったのです。だから大げさと思われるかもしれませんが、私の中にアッサジさんは生きているように感じます。
何よりもお釈迦さんの教え(四聖諦)を一言で伝え、それを聞いて真理を得る眼を開かれたすばらしい人を知ることができたのも大きな喜びなのです。
(初掲載2016年12月15日)