説話【バーラドヴァージャさん】
2019. 8. 1
(前四○○年前後)
バーラドヴァージャさんはマカダ国の首都ラージャグリハのバラモンです。ところが、妻のダナンジャニーさんはお釈迦さまの熱烈な信者です。
妻は家の中でも、街なかでも事あることに「南無帰依仏〔なむきえぶつ〕」と唱〔とな〕えます。パーラドヴァージャさんは耳障りで仕方ありません。
今朝も食事の支度をしながら、夫の膳に向かって
「ナムキエブツー」
と三回唱えました。妻はバーラドヴァージャさんを、なんとか仏教徒にしたいと一生懸命なのです。
「やかましいな。私は権威〔けんい〕あるバラモンなんだぜ。なぜ私の食べ物にまで仏教の唱えごとをするんだ」
「あなたが素晴らしいお釈迦さまの教えに触れてくれたらと、願ってのことなのです」
「そうか。ならば一度、釈迦とやらに会ってつまらない教えを論破〔ろんぱ〕してくるぞ」
「そうしなさい。きっと、お釈迦さまの素晴らしさのとりこになると思うわ」
パーラドヴァージャさんは竹林精舎〔ちくりんしょうじゃ〕に行きました。そしてお釈迦さまの前に座って、問答を仕掛けました。
「君は、何を殺せば幸せになれると思っているか。何かを殺すことを称〔たた〕えるか」
お釈迦さまが殺生を戒めていることを、常々妻から聞かされているので、わざとこのような問いかけをしたのです。
お釈迦さまはパーラドヴァージャさんが内心怒り狂っているのを見抜き
「そうだね、内心にある怒りを殺せば幸せになれるよ。私は悪の根源である、愚かな怒りを殺すことを称えるね」
と答えました。
パーラドヴァージャさんは腹の奥底まで見抜かれ、恥ずかしさのあまりその場にひれ伏して、仏教に帰依することを誓い、弟子にしてほしいと願ったそうです。
『花園』平成24年8月号 文・なみ からし より
和尚からの蛇足
バーラドヴァージャという名をと聞くと『スッタニパータ』にある「田を耕すバーラドヴァージャ」が思い浮かびます。そこでは、お釈迦さまは心の田を耕すことが大事で、そうすると「甘露の実りをもたらす。心の耕作を行ったならば、あらゆる苦悩から解き放たれる」といっています。
そのバーラドヴァージャと同じなのかどうかはわかりません。ここではバラモンとしてのおごった心でお釈迦さまに問答を仕掛けましたが、怒りを沈めることの大切さを諭され仏教に帰依しました。
(初掲載2017年 8月20日)